2023年5月19〜21日、広島にて、日本が議長国を務めるG7サミット(主要7か国首脳会議)が開催されました。サミットでは、ロシアのウクライナ侵攻以来1年以上にわたる戦争が続く中、軍縮・不拡散や世界経済、気候、エネルギー、ジェンダー、地域情勢などを含む声明がとりまとめられました。
2023年のG7サミットの気候変動に関する合意点や、日本の議長国としてのリーダーシップについて整理します。
Ⅰ. 主な合意点
G7における気候変動・エネルギー分野の合意は、4月15〜16日、札幌で開かれたG7気候・エネルギー・環境大臣会合のコミュニケ(原文・日本語)を土台に、広島サミットの「G7首脳コミュニケ(原文・日本語)」(5月20日公表)において、主に以下の点に合意しました。
- 気温上昇を1.5℃に抑えるために、2035年までに温室効果ガス排出量60%削減
コミュニケでは、世界の気温上昇を1.5℃に抑えることを射程に入れることを繰り返し述べ、パリ協定へのコミットメントを堅持しています。また、ロシアによるウクライナに対する侵略戦争が世界のエネルギー市場とサプライチェーンに影響を与えている中でも、遅くとも2050年までに温室効果ガス排出をネット・ゼロにする目標は揺るがないとし、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書の最新見解に基づき、世界の温室効果ガス(GHG)排出量を2019年比で2030年までに約43%、2035年までに約60%削減する緊急性が高いことを強調しました。
- 2035年までに電力部門の「完全」または「大部分」脱炭素化と、石炭火力のフェーズアウト加速を再確認
電力部門については、2022年G7サミットでの合意を踏襲し、2035年までに電力部門の完全または大宗(大部分)の脱炭素化を達成すること、および、1.5℃目標と整合的に、国内の排出削減対策が講じられていない石炭火力発電のフェーズアウト(段階的廃止)の加速に向けて具体的でタイムリーな取り組みを優先的に行うことについてのコミットメントを再確認し、他の国にも参画を求めました。
- 「化石燃料フェーズアウトの加速」を約束
気温上昇を1.5℃に抑えるための道筋に沿って、遅くとも2050年までにエネルギー・システムにおけるネット・ゼロを達成するために、排出削減対策が講じられていない化石燃料のフェーズアウト(段階的廃止)を加速させるという約束を強調し、他国に対しても同様の行動を取るよう呼びかけました。
また、限られた状況以外において、排出削減対策が講じられていない国際的な化石燃料エネルギー部門への新規の直接公的支援を2022年までに終了したと強調しました。
- LNG供給に「重要な役割」、ガス部門公的支援投資は「一時的対応として適切」
一方で、人々の生活へのロシアによる戦争の世界的な影響に対処することが必要だとして、液化天然ガス(LNG)の供給増加が果たす役割を強調しています。エネルギーのロシア依存からのフェーズアウトを加速していく例外的な状況においては、国の状況に応じて、ロックイン効果を創出することなく、気候目標と合致した形で実施される場合、ガス部門への公的に支援された投資は、一時的な対応として適切でありうるとしました。
- 再生可能エネルギーの世界的導入に貢献: 洋上風力150GW、太陽光1TW以上に
再生可能エネルギーについては、導入や次世代技術の開発・実装を大幅に加速させる必要があるとして、G7として、2030年までに洋上風力の容量を計150GW、太陽光発電の容量を2030年までに計1TW以上に増加させること(各国の既存目標や政策等を通じた推計に基づく数値)を含め、再生可能エネルギーの世界的な導入拡大およびコスト引下げに貢献するとしました。
- アンモニア、水素は、「1.5℃への道筋と整合する場合」、「特に排出削減が困難な部門」で開発・検討
低炭素および再生可能エネルギー由来の水素とアンモニアなどについては、1.5℃への道筋と整合し、産業や運輸などの特に排出削減が困難な部門の脱炭素化を進めるための排出削減ツールとして効果的な場合に、温室効果ガスであるN2Oと大気汚染物質であるNOxを回避しつつ、開発 ・使用されるべきだとしました。
一方、電力部門での水素とアンモニアの使用については、1.5℃への道筋および2035年までの電力部門の完全または大宗(大部分)の脱炭素化という全体目標と一致する場合、ゼロ・エミッション火力発電に向けて取り組むために使用を検討している国があることにも留意すると言及しました。
- G7の保有車両からのCO2排出を2035年までに少なくとも半減させる可能性に留意
2050年までに道路部門でネット・ゼロ達成の目標にコミットし、その中間点として、2035年までにG7の保有車両からのCO2排出を少なくとも2000年比で共同で50%削減し、また、その進捗を年単位で追跡する可能性に留意するとしました。
また、2035年まで、または2035年以降に小型車の新車販売の100%または太宗を排出ゼロ車両にすることや、2035年までに乗用車の新車販売の100%を電動車とすることなどを通じて、2030年までにグローバルに販売されるゼロ排出の小型車シェアが50%以上になることなどの貢献の機会にも留意するとしました。
G7合意のポイント
- 全体として気候変動・エネルギー分野に関する優先度は低かったが、合意文書では、気温上昇を1.5℃に抑える目標との整合を図ることが何度も念押しされ、目標が揺らぎないことが確認された。また、目標とのギャップを埋めるための「国別に決定された貢献(NDC)」 の強化等の必要性が強調された。
- 新たに踏み込んだ合意としては、排出削減対策が講じられていない化石燃料のフェーズアウトを加速させると約束したことと(2022年は石炭火力のフェーズアウトのみ合意であった)、2030年の再生可能エネルギーの導入について具体的な数値(洋上風力計150GW、太陽光発電計1TW以上に)示したことの2点が挙げられる。これらの合意は、G20やCOP28に向けて世界全体での合意につながる足がかりとなりうる。
- 一方、電力部門について、1.5℃目標との整合において先進国には石炭火力発電の2030年のフェーズアウトが求められているところ、今回のG7でもフェーズアウトの時期は示されなかった。同様に、2035年の電力部門の脱炭素化についても「完全または太宗」と併記されたままで、より確度を高める合意には至らず、2022年サミットの内容を踏襲することにとどまった。
- 電力部門における水素やアンモニアの使用は、G7の中で日本だけが推進している現状を踏まえ、合意文書では、「使用を検討している国があることにも留意する」と触れられただけで、全体合意とはなっていない。その上、「1.5℃への道筋および2035年までの電力部門の完全または大宗(大部分)の脱炭素化という全体目標と一致する場合」と条件がつけられているため、それらの全体目標と合致しない形で推進することは難しいと考えられる。
- ガス部門への公的支援投資は「一時的な対応として適切であり得る」としたことは、化石燃料のフェーズアウト加速の約束や、化石燃料の公的支援を終了したと強調していることと整合性が図れていない。国際エネルギー機関(IEA)は、ガス部門の開発は1.5℃目標と整合しないことを示しており、目下のエネルギー情勢を反映した今回の政治的な合意は、化石燃料のフェーズアウトの後退をもたらす恐れがある。
- 発展途上国支援のための資金目標の達成めどや、途上国と先進国がパートナーシップを組んだ公正なエネルギー移行の支援については、今回新たな進展はなかった。
- 日本が推進するグリーン・トランスフォーメーションは、文中に表現として出てくるが、「a green transformation」と一般的な用語として用いられており、日本政府が法律に定めるGXを支持するような内容は合意には含まれなかった。
Ⅱ. 議長国・日本のリーダーシップと立場
- 日本のリーダーシップと立場
気候変動は、広島首脳サミットの一つのテーマでしたが、全体として日本としての優先順位は高くありませんでした。また日本政府は、各国のエネルギー事情などによって「多様な道筋」があることを強調し、G7として共通の目標やコミットメントの合意形成を図ることには力点を置いていませんでした。結果的に、首脳サミットのコミュニケの内容は、先に開催された気候・エネルギー・環境大臣会合のコミュニケから強化されることなく、多くの点において昨年のG7 エルマウサミットの合意を踏襲することに留まりました。
特に日本政府の以下の立場は、より意欲的な内容の合意成立を困難にさせる結果となりました。
・「2035年電力部門の完全な脱炭素化」や「石炭火力発電フェーズアウト」に反対
日本政府は、「第6次エネルギー基本計画」において、2030年の電源構成の目標では、火力発電の割合が41%(うち石炭火力19%)を占める見通しを立てており、2035年の計画については、まだ策定されていません。日本政府として、脱石炭の方針も2035年の方針も定まっていないため、議長国ながら、2035年までの電力部門の脱炭素化の文言の強化も、石炭火力の2030年のフェーズアウトも最初から支持しない立場でした。結果的に今回のコミュニケではいずれについても進展がありませんでした。関連報道では、日本政府の強い反対で石炭火力のフェーズアウト時期の明示が見送られたとされています。
・新車販売100% EV化に賛成せず
日本政府は、「あらゆる技術の選択を追求することが必要」との立場で、プラグイン・ハイブリッド車(PHV)やハイブリッド自動車(HV)も含めて「2035年までに、乗用車新車販売で電動車100%」という目標を掲げており、新車販売を100%電気自動車(EV)にする方針の他の国々とは意見を異にしています。
この日本の立場も反映し、今回のG7のコミュニケで、道路部門について、「2050年までに道路部門でネット・ゼロ排出を達成するという目標にコミットしている」としつつも、どのようにネット・ゼロを実現するのかについての道筋は明示されませんでした。
コミュニケでは「2035年まで、または2035年以降に小型車の新車販売の100%または大宗(大部分)を排出ゼロ車両にする」「2035年に乗用車の新車販売の100%を電動車にする」などの選択肢は例示されましたが、G7全体のコミットメントはなく、「それぞれが保有車両を脱炭素化するために取るさまざまな行動を強調する」とし、「これらの政策が、2030年までに世界で販売される排出ゼロの小型車のシェアが50%以上となることに貢献する」という漠然とした文言になりました。
- 日本政府の合意の解釈
日本政府のG7サミットの結果概要では、強調しているところや解釈に独自性が見られます。
・骨子の整理
G7の首脳コミュニケの骨子を見ると、IPCC評価報告書を踏まえて今回初めて盛り込まれた「2035年温室効果ガス排出量60%削減の緊急性の強調」や、初めて盛り込まれた再エネの目標値については省略され、記載がありません。また、日本が反対の立場を取り、進展がなかった「2035年の電力部門の脱炭素化の約束」や「石炭火力フェーズアウトの加速の優先」については全く言及がなく、昨年の合意を再確認したことにも触れられていません。さらに、ガスへの投資については「適切でありうることを認識する」ことだけに触れ、「一時的対応」とされていることや、「ロックイン効果を創出せず、気候目標と整合させること」が求められていることについては省略されています。
・電力部門の水素・アンモニア利用
政府が進める電力部門のアンモニアや水素の利用に関し、日本政府はG7気候・エネルギー・環境大臣会合の結果概要資料で
“水素・アンモニアが様々な分野・産業、さらに「ゼロエミッション火力」に向けた電力部門での脱炭素化に資する点を明記”
と記載しています。しかし、コミュニケでは、「1.5℃への道筋および2035年までの電力部門の完全または大宗(大部分)の脱炭素化という全体的な目標と一致する場合」という要件をつけた上で、電力部門で水素やアンモニアの「使用を検討している国があることにも留意する」と記載されており、G7の合意として「脱炭素化に資する」と確認されているわけではありません。本文からは、電力部門での水素・アンモニアが「脱炭素化に資する点を明記」されたと解釈するのは難しい内容です。
Ⅲ. G7広島サミットから見えてきたこと
G7広島サミットは、緊急性が高まる気候変動分野において、世界から期待されるようなG7としての強いコミットメントは含まれずに終わったとの見方が多くなされています。また、岸田首相が気候変動について意欲を語る場面もほとんどなく、首脳コミュニケは、前月に環境大臣会合で合意したこと以上に新たな進展はありませんでした。
日本政府の関心はむしろ、国内で関心が高いGXの推進や電力部門での水素・アンモニアの利用、CCU/カーボンリサイクル技術や原発の利用などを合意文書に含めることにあり、逆に、他の国々が推進しようとしていた石炭火力のフェーズアウトや新車販売の100%EV化などについては、さらなる合意強化を図る姿勢は見られませんでした。
一方、合意文書では、1.5℃の気温抑制を射程に入れることが何度も言及され、水素・アンモニアの利用や、石炭火力のフェーズアウト、ガスの投資などそれぞれにおいて1.5℃目標と整合的であることが強調されています。2030年までに大幅な削減が求められる1.5℃目標の実現と照らす限り、「多様な道筋」の選択肢は多くは残されておらず、着実に削減を進めることができる技術の選択が優先されます。
日本を含むG7には、今後、国内の電力部門の脱炭素化や施策の推進、目標の引き上げにおいて、G7コミュニケで書かれている通り、1.5℃目標との整合性を図りながら先進的に取り組むことが期待されます。
執筆: 平田仁子・川口敦子