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1.5℃の温暖化に止めるために
2021〜2022年に公表されたIPCC第6次評価報告書によって明らかにされた
気候変動に関する最新の科学的な知見を紹介します。
1. 温暖化はどこまで進み、これからどうなるのか
気候変動が進み、世界各地で影響が出ている
人類が産業革命を起こし、多くの二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスを排出してきたために、大気や海、陸地の温暖化が進み、深刻な気候変動が引き起こされています。
これまでに世界の平均気温は、工業化前の水準(1850〜1900年)から今日(2011〜2020年)までに1.09℃上昇しました。このような温暖化は過去2000年以上で前例がなく、非常に短い時間で急激に起こっています。
温暖化は、人間活動と自然要因の組み合わせで起きている
今起こっている地球温暖化は、自然の要因だけでは説明がつかず、人間活動による要因と合わせて初めて説明ができるものです。つまり、人間の活動が原因だということは疑う余地がないのです。
温室効果ガス排出量はいまも増え続けている
人間活動による温室効果ガスの排出量は、現在も増え続けています。
2019年の世界全体の温室効果ガス排出量は590億トンで、1990年と比べると54%、2010年と比べると12%も増加しています。
温暖化がどこまで進むかはこれからの排出量次第
残念ながら温暖化は今世紀半ばまで止まりません。ただし、どこまで進むかはこれからの温室効果ガスの排出量次第です。もし、これからも大量の排出を続ければ、地球の気温は大きく上昇してしまいます。
5つの将来シナリオのうち温室効果ガス排出量が一番少ないシナリオでは、1.5℃の地球温暖化の水準に抑えることができます。しかしそれよりも排出量が多くなると、2℃以上になり、一番多いシナリオでは4.4℃まで温暖化してしまいます。
温暖化が進めば、異常気象はもっと激しく頻繁に
温暖化が進めば、地域の平均気温や降水量、土壌水分が大きく変化し、熱波や洪水、干ばつなどの異常気象がもっと激しく頻繁に起こるようになります。
1℃の温暖化ですでに世界のあらゆる場所で影響が出ていますが、極端な高温、大雨、干ばつの影響は、1.5℃、2℃、4℃と気温が高くなればなるほど発生リスクが高まり、もっと深刻になっていきます。
海や海氷の変化は数百年の時間をかけて進んでいく
海や氷床の変化は、100年から1000年の時間をかけてゆっくり進み、長期間止まりません。山岳や極域の氷河、永久凍土の融解、グリーンランドの氷床の減少、海面上昇などは、数百年以上続きます。
2300年の海面水位は、温室効果ガス排出が少ない場合には50センチから3メートル、排出が多い場合には2メートルから7メートルにも及んでしまいます。影響や被害を小さく抑えるためには、気温上昇を低い水準で止めておかなければなりません。
1.5℃の温暖化に抑えるには、2050ネットゼロが必要
地球温暖化は、過去から現在までのCO2の排出の累積量に応じて進行します。
気温上昇を一定に抑えるためには、CO2の排出量を一定量に止める必要があります。1.5℃の温暖化に抑える場合(図⑤)、CO2は世界全体であと3000億〜4000億トン(87%〜67%の確率)しか排出できません(残余カーボンバジェット)。
現在、1年間に世界で約350億トンのCO2が排出されていますので、このままでは10年以内にその量を超えてしまいます。1.5℃の温暖化に抑えるためには、すみやかに大幅な排出削減を進め、2030年にはCO2排出量を半分に、2050年には実質的にゼロ(ネットゼロ)にする必要性があります。
2. 地球温暖化による被害にどう適応できるか
極端な暑さで、数百もの生物種が失われていく
気候変動は、陸地や淡水、沿岸や海の生態系に、重大な損害やあと戻りができない損失を引き起こしています。また気候変動が及ぼす影響の範囲や規模は、以前よりも大きくなっています。
例えば、世界全体で評価された種のうち約半数が、北極や南極に近い高緯度の方向に移動し、陸地ではより高い標高へ移動しています。また、極端な暑さの規模が大きくなることによって、数百もの種が局所的に失われ、陸や海での生き物の大量死なども招いています。
33億〜36億人が深刻な影響を受ける弱い立場にある
気候変動は、人間にも大きな影響を及ぼします。暑さや熱に関連する極端な現象が、死亡や病気を引き起こしています。 温暖化の被害は、地域によって大きく異なり、なかでも世界の約33億〜36億人が、気候変動に対して非常に弱い立場に置かれています。雪解け水に依存する地域では、2℃の気温上昇で農業に利用できる水の量が20%減少してしまい、サハラ以南のアフリカ・南アジア・中南米・小さな島に住む人々は、食料不足で栄養失調を引き起こす可能性があります。
温暖化が進むほど影響は拡大し悪化する
温暖化により、平均気温が1.5℃に達しつつあります。その結果、気候災害が増加し、生態系と人間へのさまざまなリスクが拡大しています。温暖化が進むほど悪影響と損失と被害は拡大し、また、悪影響に対処できないと、さまざまなリスクが高まります。
1.5℃の温暖化で、固有性が高い自然システムが受ける影響やリスクが非常に高くなります。サンゴ礁の死滅は、以前報告されていたより早まっています。2℃の温暖化で、熱波や豪雨などの極端な気象現象のリスクが非常に高くなり、3℃を超えると、大規模な特異現象が深刻さを増します。
今世紀中に一時的にでも1.5℃を上回る温暖化が起きると、レジリエンス(復元する力)が低い山岳地域や極域などは取り返しのつかない影響を受けてしまいます。
3. これからの私たちの選択肢
2030年までに4割以上の排出削減
1.5℃の温暖化に抑えるためには、全ての部門で大胆ですみやかな対策を行い、2019年と比べて、2030年までに温室効果ガス排出量を43%削減、2050年に84%削減する必要があります。CO2排出量の場合、2030年に48%削減、2050年に実質ゼロにする必要があります(2019年比)。
しかし、各国が2021年末までに定めた目標や政策を達成したとしても、2030年の排出量は、1.5℃抑制に必要な水準よりも190〜260億トンも超過する見込みです。
鍵は化石燃料インフラからの移行
1.5℃の温暖化に抑えるためには、2050年までの CO2の累積総排出量を5100億トンに抑える必要があります。しかし、追加対策をとらなければ、既存の化石燃料関連のインフラからのCO2排出量だけでも6600億トンに上り、さらに計画中のインフラのCO2排出量を加えると8500億トンとなり、1.5℃水準を大きく上回ってしまいます。
そのため、既設の火力発電所の廃止や利用の削減、既存の設備へのCO2固定貯留技術(CCS)の設置や低炭素燃料への転換、新規石炭計画の中止などは、重要なCO削減対策となります。
再生可能エネルギーのコストが大きく低下
再生可能エネルギーのコストは、2010年以降大きく低下しています。
2010年から2019年にかけて、太陽光発電は85%、風力発電は55%もコストが下がり、多くの地域で火力発電に対する競争力が高まっています。また、リチウムイオン電池のコストも85%低下しています。
電力部門で再生可能エネルギーを大規模に導入するための解決策には、柔軟性ある電力システムの構築や、電力以外の他部門との組み合わせ、エネルギー貯蔵(蓄電)、スマートグリッド、需要側管理、持続可能なバイオマス、水電解水素など、さまざまな方法があります。
100ドル以下で排出量半減に、その半分は20ドル以下
CO21トンあたり100ドル以下の対策を取ることにより、2030年の世界全体の排出量を半減(2019年比)できます。また、この削減可能な排出量の半分以上は20ドル未満の対策で達成できます。
特に、太陽光発電・風力発電などは削減コストが安く、削減のポテンシャルも大きくなっています。
需要側の取り組みの可能性
排出を削減する上で、需要側の取り組みも必要です。現在、全世界1割の富裕層が、家庭部門における排出量の34〜45%を排出しており、下位50%による排出は13〜15%に過ぎません。
需要側が、インフラ利用の方法の改善、社会・文化的な変化と行動の変容、新しい技術の採用などの対策を取ることで、2050年までに温室効果ガス排出量を4〜7割削減することができます。ただし、部門ごとに、排出量や需要側対策による削減率は異なります。
食に関する部門では、バランスよく持続可能な食事への移行、食品廃棄物を減らす(社会文化的要素)などで4割削減、さらに廃棄物管理やリサイクル用インフラ整備など(インフラ利用の改善)で7%削減できます。
需要側の削減が最も多い(67%)のは運輸部門です。公共交通、シェア交通、コンパクトシティなど(インフラ利用の改善)で3割、また、EVや高効率な輸送手段へのシフト(技術採用)で5割削減できます。
建物の部門でも、66%の削減が可能です。エネルギー効率の高い建物・機器の利用、再エネシフト(技術採用)で5割削減できます。
一方、産業部門は、金属・プラスチック・ガラスの再利用など(インフラ利用の改善)や、グリーン調達、エネルギー効率が高く炭素中立な材料利用など(技術採用)の対策が取れますが、全体の削減は3割に届かず、生産システムそのものの転換が求められます。
電力部門では、各部門の電化で排出が60%増加しますが、需要側対策で73%削減することで、差し引き約14%の削減が可能です。残りは、火力発電からの排出の大幅削減などの供給側での対策が必要です。
CO2の除去も必要に
2050年ネットゼロの達成には、完全にゼロにできない分を相殺するCO2除去(CDR )の導入は避けられないと考えられます。大気中のCO2を除去する手法には、植林、土壌炭素貯留、直接空気回収(DAC)、海洋肥沃化などがありますが、これらは、実現可能性と持続可能性を満たす上で課題があり、大規模な導入には課題を克服する必要があります。
対策を進める重要な条件
●ファイナンス
現状の資金の流れは、対策を進めるのに不足しています。2030年までに気温上昇を1.5℃もしくは2℃未満に抑えるには、現在の年間投資額の水準の3~6倍が必要です。政策や、政府・国際社会からの明確なシグナルによって、排出源対策に必要な資金の流れを作ることができます。
●気候ガバナンス
法律や戦略、制度を通じた気候ガバナンスを実施することは、政策実施の基盤を提供し、政策を統合し、国と地方をつなげる効果があります。また、市民・政治・ビジネス・若者・労働者・メディア・先住民・地域コミュニティなどの関与を確保することが効果的で公平です。
●規制的・経済的手法
経済的手法は、削減に効果を上げています。より広く適用することで、大幅削減を進め、イノベーションを起こします。
●国際協力
国際協力:国際協力は目標達成の上で重要です。これまでの国際協定は、各国の行動強化を後押ししています。
科学からのメッセージを受け止めて
1.5℃の温暖化に止めるために、
大胆な対策を速やかに推し進めよう
人間の活動が原因で地球の温暖化が進み、熱波や洪水、干ばつなどの異常気象が世界中で起こっています。このままでは陸地や淡水、沿岸や海の生態系に深刻な影響を引き起こし、レジリエントな(復元力のある)開発が難しくなり、脆弱な状況にある人々が大きな影響を受けてしまいます。
予測される影響の拡大を防ぐためには、温室効果ガスの排出削減(緩和)と、温暖化に伴う悪影響への対処(適応)とを統合して進めることが求められます。
世界全体の温室効果ガス排出量を2030年までに43%削減、2050年までに84%削減の排出削減をすれば、気温上昇を1.5℃に止め、影響を小さく抑えることができます。
現在の世界の国々の対策はまだ全く不十分ですが、良いニュースは、再生可能エネルギーのコストが大幅に安くなり普及が期待できることや、食、産業、交通、住宅や建築物、電力の分野のさまざまな対策で4〜7割の排出削減ができるとされていることです。
これからの10年で、私たちが1.5℃に抑えるために必要な行動を実施できるかどうかが、未来の気候を左右します。行政や市民、企業などが連携して、社会を選択し対策を進めることが重要だと言われています。まさに今、大胆な対策を急速に進めていくことが求められていると言えるでしょう。
気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change:IPCC)とは
1988年に、世界気象機関(WMO)国連環境計画(UNEP)が、気候変動に関する自然科学的・社会科学的な最新の科学的知見を評価して報告する機関として設立。2007年には、人為的な気候変動に関する知見を世界に知らしめ、対策の基盤を築いたことに対して、ノーベル平和賞を受賞。1990年の第1次評価報告書の発表以降、5−7年に1度、第1作業部会(科学的根拠)、第2作業部会(自然生態系や社会経済への影響・適応・脆弱性)、第3作業部会(緩和策)のそれぞれの報告書と、統合報告書の4つの報告書を発行している。
参照:
Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC)
・Climate Change 2021: The Physical Science Basis, Working Group I, 6 August 2021
・Climate Change 2022: Impacts, Adaptation and Vulnerability, Working Group II , 27 February 2022
・Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change, Working Group III, 4 April 2022
IPCC第6次報告書(日本語訳)
・第1作業部会 政策作決定者向け要約(SPM)
・第2作業部会 政策作決定者向け要約(SPM)
・第3作業部会 政策決定者向け要約(SPM)
概要(環境省) 解説資料(国立環境研究所)
執筆: 平田仁子・川口敦子・渡辺千咲
図版:櫻田潤(Visualthinking)