CO2削減 + 快適性向上 + 健康増進 の同時達成
住宅や建築物は、雨風や日差し、屋外の危険から私たちを守ってくれる場所であり、生活や仕事、学業や娯楽などの拠点でもあります。一方、利用する中でたくさんのエネルギーが消費されています。快適な住まいと気候変動の両面から、住宅・建築物の対策を考えてみましょう。
Ⅰ. 日本の住宅事情
健康にも気候変動にも劣悪な「暑くて寒い家」
家の中で健康的に過ごすためには、室温を適度に保つことが重要ですが、日本の家の多くは、夏暑くて冬寒いのが実情です。
世界保健機関(WHO)は、暑さについて、グローバルな水準として一日を通じた室温を32℃未満、夜間は24℃未満を維持するよう推奨し、自ら取れる対策を提案しています。寒さについては、室内温度が低いと、健康に深刻な影響が出てしまうため、冬季の室内温度を18℃以上とすることを推奨しています。
ところが、日本では、冬の居間の室温がWHOの勧告の水準を満たしている家はわずか1割で、冬に家が寒いことが当たり前になっています。
WHO (2018)、WHO (2018)、日本サステナブル建築協会(2023)の資料を元に、Climate Integrate作成
Ⅱ. 寒い家にはさまざまな健康リスク
WHO(2018)、日本サステナブル建築協会(2023)の資料を元に、Climate Integrate作成
寒い家に住んでいると、血圧上昇や、喘息やメンタルヘルスの悪化などにより、健康リスクが高まります。暖かい居間から寒い脱衣所や浴室へ移動し、熱いお風呂に入ることに伴って、脳内出血や心筋梗塞、脳梗塞を起こすヒートショックの危険もあります。
消費者庁は、高齢になると血圧を正常に保つ機能が低下するため、寒暖差などで急激な血圧の変動があると脳内の血流量が減り意識を失うことがあり、これが入浴中に起こると溺水事故につながるとして、入浴前に浴室や脱衣所を暖めるよう注意を呼びかけています。ヒートショックで亡くなる方は、交通事故で亡くなる方よりもはるかに多いのです。
厚生労働省は、循環器疾患の対策として、40~80歳代の最高血圧を平均で4mmHg低下させる目標を掲げており、これによって脳卒中死亡数を年間約1万人減らすことができると推計しています。断熱性能が低いと、血圧や血中脂質(コレストロール値)が上昇してしまうことも明らかになっており、断熱性能を高めると改善効果が見られるという調査結果もあります。暖かい家に住むことで、私たちはより健康的に暮らすことができます。
日本サステナブル建築協会資料(2023)を元にClimate Integrate作成
日本サステナブル建築協会資料(2023)を元にClimate Integrate作成
Ⅲ. 遅れる対策
住宅ストックの約9割が「無断熱・低断熱」
第6次エネルギー基本計画(2021)より抜粋の上、Climate Integrate作成
日本の家が夏暑く冬寒いのは、断熱性能が低いためです。断熱性能が低いと、エアコンやストーブの利用が増え、光熱費も高くなります。せっかく冷暖房をしても効きが良くありません。今日でも日本の住宅ストックの約9割は無断熱もしくは低断熱で(図1)、最も熱が逃げやすい窓の7割は単板ガラス窓のままです。ビルや病院、ホテルなどの民間の施設や、幼稚園や保育園、学校、高齢者施設などの公共施設の多くでも断熱対策は進んでいません。
また、太陽光発電パネルの屋根への設置は、住宅では約6.3%(2021年度)にとどまっています。工場やビル、学校などの一部でも設置が進められていますが、まだ限定的です。
国土交通省資料(2022)より、Climate Integrate作成
政府は現在、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の省エネ性能を達成する目標を立て(表1)、2025年からは住宅・建築物の省エネ基準の達成を義務づけました。ただしその基準(住宅の場合、「等級4」)は、諸外国と比べると、まだとても緩い水準です(図2・図3)。より大きな省エネ効果を得るためには、ZEH・ZEB 以上への基準の引き上げをすることが求められます。
国土交通省資料(2022)より抜粋の上、Climate Integrate作成
Ⅳ. これからの住宅・建築物の対策
国土交通省の資料(2021)等を元に、Climate Integrate 作成
CO2ゼロの住宅・建築物へ
住宅・建築物のエネルギー消費・CO2排出をゼロに近づけていくには、「断熱」+「省エネ」+「再エネ」の3つの観点から同時に進めていくことが重要です。
住宅・建築物の対策は、CO2の削減に貢献しながら、快適性を向上させ、健康を増進させ、光熱費を下げる効果があります。暑さや寒さをがまんするのではなく、メリットを確認しながら効果的に対策を取っていきましょう。
住宅・建築物の対策強化に向けて
- 政府
- 断熱性能基準を等級6以上へ
- 新築への再エネ導入の標準化
- 既存への支援策の拡充
- 過度な大規模開発の規制
- 社会的弱者・低所得者への優先的支援
- 地方自治体
- 公共施設の『ZEB』化
- 等級5の標準化
- 等級6以上への誘導措置
- 新築への再エネ導入の標準化
- 既存住宅の断熱改修への支援策
- 事業者・住民へのアドバイス
- 補助金の利活用
- 事業者
- 省エネ診断の実施
- 増改築時の工場・施設の『ZEB』化
- 工場・施設への再エネ導入・購入
- 補助金の利活用
- 個人
- 断熱改修、日射量の調整(ひさし、断熱ブラインド等)
- 家電機器の効率の点検・交換
- 再エネ導入
- 電力会社の見直し(パワーシフト)
- エネルギーの有効利用(蓄電池、EVなど)
- 補助金の利活用
執筆: 平田仁子・川口敦子